ミヒャエルエンデの最近のブログ記事


こんにちは、ナポレオンヒルのブログです。
僕は今日からゴールデンウィークに入りました!

さて、今日の日経新聞9面に、「ソーシャルビジネス」についての記事が

載っていました。 そう、最近よく聞く「社会起業」というヤツですね。

利益を最優先しない。という、キレイゴトにも思えるビジネスモデル。


ノーベル平和賞を受賞しているムハマド・ユヌス氏は言います。


資本主義の利益追求型ビジネスでお金をもうけることは 手段 だ。

そこで得たお金で世界を変えることが 目的。

百万ドル出資したら、10年後でも同じ百万ドルが戻ってくる。

配当や利息はないが、他人に何かできるという喜びや満足感

他人の生き方を変えていくうれしさが、配当のように存在する


うーん。これだけ見ると、やっぱり理想論な気はしますが、


ある村で竹細工をつくる女性たちが

わずか27ドルの借金にあえいでいることを知り

ポケットマネーを貸したことがマイクロファイナンス

発想につながった


という、氏のエピソードを読むと、

たしかに、誰かを助けて満足を得るという「無私」の気持ちが

誰にもある、という気もします。


ただ、やっぱり人間は目先というか、

マズローの5段階欲求説にあるように、

自分が苦しいのに他人のことをかまっている暇なんかない。

というのが真実のような気がします。


お金持ちになれたら、寄付くらいするよ。

って、誰でもが思ってるんではないでしょうか…。


そういう発想、嫌なんですけどね。

 

こんばんわ、ナポレオン・ヒルのブログです。

明けましておめでとうございます!

今年一年、このブログが今までのペースで、フツーに続けばいいな

と思っています。

 

さて、今回のタイトルは、つい最近、麻生さんがテレビで言ってたように記憶しています。

ところで、以下に引用するのは、今から10年前のノーベル経済学賞を受賞した

アマーティア・セン教授の言葉です。

私たちがいつも耳にする提案は、システム自体は変えずに、

それをちょっと賢くするとか、システムがもたらす結果を

少しあとにずらそうというものばかりです。

 

でも、システム自体に限界があり、それ自体が破滅をもたらすもの

であることを認識しなければなりません。

そしていつも行き着くところは、現代の金融システムです。

 

本当に解決すべき問題は 不景気 なのでしょうか?

 

【つづき】

エンデは、こう述べています。

本格的な経済の問題は、紙幣の発明とともに起こったと思います。

紙幣には物的価値はなく、価値のシンボルなのです。

紙幣の発明で問題が生じるのは、紙幣が好きなだけつくれるからで、

金塊ならば好きなだけ増やすというわけにはいきません。

 

そして、エンデの注目していたビンズヴァンガーという経済学者の

著書に次のような実例がでてきます。

ロシアのバイカル湖の湖畔のひとびとは、以前は良い生活をおくっていました。

しかし今、バイカル湖の魚は1匹残らずとりつくされてしまいました。

ある日、紙幣が導入されたからです。

それと一緒に銀行のローンもやってきて、漁師たちはむろんローンでもっと大きな船を

買い、効果が高い漁法を採用しました。

ローンを返すためにも、早く、多くの魚を獲らざるをえなかったのです。

 

競争に勝つためには、相手より早く、多く魚を獲らなくてはいけません。

しかし、湖は誰のものでもありませんから、魚が1匹もいなくなっても、

誰も責任は感じません。

貨幣経済は自然資源と調和していないのです。

 

エンデは警告します。

すでに第3次世界大戦は始まっている。

それは領土や宗教をめぐるものではなく、

われわれの子孫を破滅に導く 時間 の戦争です。

 

どうでしょうか?

僕たちは、本当に自分とか家族の暮らしのことだけ

考えていれば良いのでしょうか?

もっと大変な問題が目の前にありはしないでしょうか?

 

こんばんわ、ナポレオン・ヒルのブログです。

大晦日にアップしようと思っていたのですが、結局今になってしまいました。

でも、セコ技を使って、大晦日に書いたことにします…

 

今回は、はじめて「音声でのブログ」というものにチャレンジしています。

今後つづけるかどうかは分かりませんが、

文章だと、伝えたいことに文字制限がされてしまうというデメリットがありますので

ちょっと、期待しています。

 

こちらが第1回の音声です↓ 2・3分の短いものなので気軽にお聞きください。

(不具合が出るようなので、復旧作業中です)

 

で、ようやく今回の本題ですが、

普段ぼくたちが使っている、紙幣とか硬貨。これって何なのでしょう?

というか、 経済 とか 金融 って正しいのでしょうか?

 

トルストイは著書の中でこんなような意味のことを言ってました。

物事の定義やただしさを、客観的に証明することは無意味である。

その物事によって、私たち一人一人が幸せになれるかどうかだけが

議論されるべきである。

 

そう、経済とか金融とか市場主義が、正しいかどうかは本当の問題ではないんです。

ぼくが言いたいのは、「お金」が人を幸せにしているのかどうか。

その疑問に答えてくれるのが、

ミヒャエル・エンデという人物の残した著書なのです。

 

ちょっと長くなったので、分けて書くことにします。

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